帰宅中、道端に駐まっている古い車が目に入った。
ふと思った。
身体は、あと70年と乗る乗り物だから大事にしないといけない。
もし車を買ってあと70年乗るとしたら?
もし、新しい車を買ったとする。
あと70年、同じ車を乗り続けると決まっていたら、大事に大事に扱うだろう。
車ではなく、家でも、自転車でも、コートでも、なんでもいい。
あと何十年も使い続けることがわかっていたなら、傷を付けないように毎日やさしく扱うだろうし、ちょっとでも不調の兆しを発見したら、すぐに調べる。
小さな傷であっても、放っておいたら広がっていくからと、すぐに補修するはずだ。
身体は乗り物
道端に止まっていた車を見ながら、
- 身体は乗り物
という考え方が、スッと急激に腑に落ちた。
今までも、いろいろな場所で聞いたことがある概念ではあった。
けれど、この日この時は、なぜか感覚的にすごくよくわかった。
身体は、意識(マインド、魂)の乗り物。地球で借りて乗っているだけ。
30歳で100歳まで生きるとしたら残り70年
「あと何年、この乗り物に乗り続けるのだろう」と考えてみた。
仮に30歳の人が100歳まで生きるとしたら、あと70年、この乗り物に乗り続けることが決まっているのだ。
車や家のように、老朽化したからと買い替えることはない。
乗り物を返却するまで、ずっと同じ乗り物に乗り続けることは、明確に決定している。
あと70年きれいに乗り続けるために
質問。
- もし今、乗っている車があって、あと70年きれいな状態で調子良く乗り続けるためには、どうするだろうか?
……同じことを、〈私の身体〉に対して、してあげるべきなのだった。
- 異音が出ているのに気付かないふりして長距離を強行突破
- ガソリン入っていないのに無理やりエンジンふかして動かそうとする
- ガソリン満タンなのにガソリン押し込んであふれさせる
- 表面をワックスで磨くことには一生懸命なのに車の内部ほったらかし
……先を見すえて大事に乗るどころか、今まで、結構ひどいことをしてきてしまった。
これから、何十年も乗り続けることを考えたら、〈いま私がこの乗り物にすべきこと〉が、自然に湧いてくる。
やるべきことはシンプル
やるべきことの判断は、非常にシンプルだ。
- 「こうした方がいいんだろうな」
と思ったことを、本当にやるだけだ。
「本当にやる」がポイント。
「こうした方がいいんだろうな」と思いながら、やっていないことが多すぎる。
これは、〈何も思わず、ただやらない〉状態より始末が悪い。
〈こうした方がいいと思っているのに、やっていない〉不一致の状態では、罪悪感やら自己否定感やら、余計なおまけが付く。結果、〈何も思わず、ただやらない〉状態より重くなる。
だから、「こうした方がいいんだろうな」と思ったら、やっていく。簡単シンプルでパワフルな身体のケア。
私は今、身体に対して、
- 「こうした方がいいんだろうな」
と思っていることが、いくつかある。
ひとつずつ実行して、思いと行動を一致させていこうと思う。
それが、身体という乗り物を、大事に大事に乗り続けるために、私にできること。