ここのところ、よく考えているのが、
- 食べれば食べるほど食べたくなる食べ物はエンプティ
という概念だ。
この記事の目次
きっかけは駆け込みふるさと納税のEMりんご
きっかけは、12月末に向けて、駆け込みで行ったふるさと納税だ。
返礼品で「EM自然農法による無化学肥料栽培のりんご」を受け取った。これが、ものすごくおいしい(EMりんご自体は、楽天などでも購入できる→こちら)。
レビューを見ると、年や時期によって満足度にバラつきがあるようだったが、少なくとも今年、私が受け取ったりんごは、人生最高かと思うほどおいしかった。
蜜がギッッシリと詰まって、甘くて、みずみずしくて、シャキシャキで、おいしい。
おいしいけど、もっと食べたくならない
このりんごがふしぎなところは、ものすごくおいしくて、私にとって好みドンピシャの味なのに、
- 「もっと食べたい」
……とは、まったくならないところだ。
いや、次の日になると「また食べたい」となって食べるのだが、食べたその場で
- 「やめられない・とまらない」
とはならない。
やめられる、とまる。それくらいに満足する。
ものすごくおいしいのに、全然もう食べたくない。何、このふしぎな感覚。
もっと食べたくなるのは満たされないからだ
この感覚って何なんだろう、と考えていて、ひとつの仮説として思い当たったのが、
- 食べれば食べるほど食べたくなる食べ物はエンプティ
……ということ。
例えば、スナック菓子やジャンクフードなど、食べるほどに止まらなくなる食べ物は、咀嚼して飲み込むというエネルギーを取り入れる動作をしているのにエネルギーが入ってこないから、体が焦ってもっと欲しがるというイメージが湧く。
逆に、量は少なくてもエネルギーに満ちた食べ物を食べると、体は満足する。だから、もう欲しがらない、と考えるとつじつまが合う。
「エネルギー」とは何を指しているのか?
では、ここでいう「エネルギー」とは何なのか。
今まで、カロリー神話に頼らない糖質制限から、生の食べ物のパワーを信じるローフードまで、いろいろな食事法を体で試してきた。
食べ物には〈既成概念にとどまらない何か〉があるように思う。
この話を心理学的に捉えるなら心の満足感とか、スピリチュアルならプラーナとかブレサリアンとか、栄養学なら微量栄養素とか、いろいろな定義が浮かぶ。
現時点で、確定的に「コレのこと」とはいえないが、いろいろな要素を含んだ包括的なものを指して、エネルギーなのだろうと考えている。
少量で満たされる食べ物を知るのは体と美容にやさしい
「自分が少量で満たされる食べ物」を、ひとつずつ知っていくことは、体と美容にやさしいことだ。
少量で満足できるのだから、体を休めることにつながるし、もちろんダイエットになる。
2019年は、自分はなんとなく小食に向かいそうな気がする。
りんごの他にも、いくつか「少しの量で満足してしまうふしぎな食べ物」が見つかりつつあるので、また研究していきたいと思う。