- 「○○は体に悪い」
- 「○○はやめたほうがいい」
──そんな健康情報が日々押し寄せてくる。
SNSを開けばインフルエンサーの警告、テレビをつければ健康番組の新説。不安になって、言われるがままやめていった結果、食べられるものがほとんどなくなった…となりかねない。
この記事では、「○○は体に悪い」系の情報と冷静に向き合うための考え方を書いていく。
なぜ情報は不安を煽るのか?
不安をあおる情報ばかり目に入ってくる。それはなぜなのか。3つのポイントが挙げられる。
❶ ネガティビティバイアス:人は悪い情報に強く反応する
人間の脳には、ポジティブな情報よりもネガティブな情報に強く反応する性質が備わっている。心理学ではこれをネガティビティバイアスと呼ぶ。
進化の過程で「危険を素早く察知する個体」が生き残ってきたため、「○○は危ない」という警告に対して、脳は敏感にはたらくのだ。
だから、「○○は体に良い」という穏やかなメッセージよりも、「○○は体に悪い!今すぐやめるべき!」という強い警告のほうが記憶に残りやすい。発信者は注意を引くために、自覚的にせよ無自覚にせよ、この仕組みを利用している。
❷ 確証バイアス:一度信じると反証が見えなくなる
もうひとつ厄介なのが、確証バイアス。自分がすでに信じている仮説を裏づける情報ばかりを集め、反証する情報を無視してしまう認知の偏りのこと。
たとえば「小麦は体に悪い」と思い込むと、小麦の害を訴える記事や体験談ばかりが目に留まるようになる。小麦の好影響を示唆する研究結果はスルーしてしまう。
SNSのアルゴリズムが、この傾向をさらに加速させる。興味を示した情報と似た内容ばかり表示される、いわゆるフィルターバブル(自分好みの情報だけに囲まれた状態)に陥ってしまう。
❸ 権威バイアス:権威のある人の発信は信じやすい
「○○は体に悪い」という主張の説得力を大きく左右するのが、発信者の肩書き。医師、大学教授、自分が好きな有名人などが言えば、つい信じたくなる。
SNSでは、フォロワー数が多いユーザーの主張や、数多くのいいねがついている投稿ほど権威性が高まり、信じやすくなる傾向もある。「多くの人が支持している=疑わなくても大丈夫」と変換しやすい。
良くないといわれていないものは存在しない
いろいろなバイアスにまみれた情報に接するなかで、私が前提としていつも意識していることは、「良くない」といわれていないものは存在しない、ということ。
この世のありとあらゆるものに対して「○○は良くない」という主張が存在する。
動物性食品は悪い。植物性食品だけでは栄養が偏る。白米は血糖値を上げる。玄米は消化に悪い。牛乳は良くない。牛乳を飲まないとカルシウムが足りない。コーヒーは体を冷やす──どこまでいっても、賛否の両論が見つかる。
そのうえ、信頼性の高い科学の分野にあっても、“常識”がひっくり返った例は枚挙にいとまがない。コレステロールの摂取上限の撤廃や脂質の扱いなど、情報は本当に変わる。
マクロビもナチュラルハイジーンも好き
「たったひとつの正解」を探そうとすることの窮屈さを、いつも感じている。自分にとっての正解は、たくさんあっていいと思う。
たとえば、私が一時期、とても気に入って実践していた2つの食事療法の教えでも、正解がまったく違っていた。
マクロビオティック:「生食は体を冷やすからダメ」
マクロビオティックは、日本発祥の食事哲学で、「陰陽のバランス」を重視する考え方。すべての食材を「陰性(体を冷やす・ゆるめる性質)」と「陽性(体を温める・引き締める性質)」に分類し、偏りなく中庸を保つ食事を目指す。
この考え方に基づくと、生の果物や葉物野菜は「陰性」が強く、体を冷やすものとして扱われる。とくに冷え性の人には、生食を控えて加熱調理を勧めるのが基本スタンスだ。
ナチュラルハイジーン:「加熱食は酵素が死んだ食べ物」
アメリカで体系化された自然健康法であるナチュラルハイジーンの流れを汲むローフード(生食主義)の世界では、加熱調理した食べ物を「酵素や栄養素が壊れた食べ物」と捉える。48度以上の加熱で食物酵素が失活するという酵素栄養学の理論に基づき、できるだけ生のまま食べるのが原則。
「どっちにも一理ある」でいいと思っている
つまり、一方は「生で食べるな」、もう一方は「火を通すな」と主張している。どちらも「自然で健康的な食事」を目指しているにもかかわらず、結論はまったくの真逆。
「どっちかが正しくて、どっちかが間違っている」と決める必要も判断する必要もなくて、どちらにも一理ある、でいいと私は思っている。
「自分の体で確かめる」という最強の判断基準
私自身が一貫してずっと大切にしているのは、「自分の体で確かめる」というスタンス。
N=1の実験を習慣にする
やり方はシンプル。○○をやめた状態と、やめていない状態を一定期間比較する。体調・気分・睡眠・肌の調子など、自分が気にしているパラメータ(指標)を観察して、変化を感じるかどうかを確認する。
医学的に厳密な実験ではないが、それでいい。大事なのは、「誰かが言っていたからやめる」のではなく、「自分で試して確かめたうえで判断する」という主体性を持つこと。
不安が残るなら「逆方向」の情報を探す
○○をやめた結果が曖昧で、それでもまだ不安が残るなら、意図的に「○○は体に良い」方向の情報を検索してみる。ほぼ間違いなく、「○○は良い」という主張も大量に見つかる。
これは確証バイアスへの意識的な対処法でもある。自分の信念と反対方向の情報にあえて触れると、思い込みに気づきやすくなる。「○○は悪い」という情報と「○○は良い」という情報の両方を並べたうえで、「じゃあ、私はどうする?」と考える。
これなら、誰かの主張に振り回されている感覚がない。自分で選び取っていると実感できていることが大事。
万人に当てはまる正解はない
結局のところ、私たちが本当に求めているのは「○○をやめること」ではない。体と心を健やかに保ち、快適に生きることだ。
そのための正解は、自分の体で実験しなければわからない。体質もライフスタイルも一人ひとりまったく異なる。誰かにとっての最適解が、自分にとってはまったく合わないケースは多々ある。
だから、いつでも大切なのは自分の感覚、自分の実験結果。自分に合う1つの正解を探り当てればいい。
例外:本気で療法に取り組むときは「全乗り」する
ここまで「自分の感覚を信じて自分で確かめることが大事」と書いてきたが、ひとつ例外がある。
明確な目的を持って何らかの療法に真剣に取り組む場合だ。たとえば、医師の指導のもとで食事療法を行うケース。あるいは、特定のアプローチを徹底的に試してみたいと決めたケース。
このとき大事なのは、良いとこ取りの“つまみ食い”をしないという姿勢。
療法には体系がある。一部だけ自己流にアレンジして実践し、「効果がなかった」と判断するのは、その療法に対しても自分に対してもフェアではない。やると決めたら一定期間は徹底してやる。中途半端に行って「効果なし」と結論づけるくらいなら、最初からやらないほうがマシ。
西洋医学に基づく治療にせよ、それ以外の民間療法的なアプローチにせよ、緊急性の高い問題を抱えているときの“自分流”は、かえって回復の邪魔になる。
自分の生活を他人の意見に明け渡さない
「○○は体に悪い」という情報それ自体は、悪者ではない。問題は、一つひとつの情報に無防備に反応して、自分の生活を他人の意見に明け渡してしまうこと。
情報は参考にする。けれど、最終的な判断は自分で下す。その姿勢さえ持っていれば、どんな健康情報が飛び込んできても、振り回されずに済む。

