母親による姉妹差別・えこひいき問題(浅田舞・浅田真央の苦悩を読んで)

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今週の女性セブンに、

  • 「浅田舞・浅田真央も!母の“姉妹差別”苦悩告白」

という記事が掲載されていた。

これを読んで、びっくりした。つい最近、自分の幼少期の古傷が、まだ痛むことに、思いを巡らせていたばかりだったから。

目次

母親から「妹に会わないで」と言われた姉

『女性セブン 2017年4月20日号 』のP36、見開き2ページの特集記事より。

姉の浅田舞(28才)の告白が波紋を呼んでいる。

3月26日放送の『マルコポロリ!芸能界残酷物語SP』(関西テレビ)で、母・匡子さん(享年48)から、「妹に会わないで」と言われた過去を明かした。
女性セブン 2017年4月20日号 | P36

記事によれば、幼い頃は姉妹でスケートをしていたが、真央さんが頭角を現し、舞さんがスケートから離れると、母親の愛情が真央さんに集中。舞さんに対しては、「真央の邪魔をしないで」と、とがめるようになったという。

こう文字で書くと、そこまで大したことではないように感じるかもしれない。しかし、私も当事者だからわかる。たとえ(他人から見て)ささいなことであっても、母親から否定の言葉をかけられるのは、一生のトラウマになるほど、子どもにとって衝撃的。心に深く傷として残ってしまう。

しかし、それでも、お母さんに認められたくて愛されたくて褒められたいという気持ちは、抑えられない。だから、苦しむ。

妹を重宝して、自分を邪魔者扱いする母親に対して、姉である浅田舞さんが、どんなに苦しい気持ちになっていたか、想像するだけで胸が痛い。

母親の愛情はきょうだいに平等に注がれる、というのは幻想

記事内では、動物行動学研究家の竹内氏が「姉妹差別は合理的」と解説していた。

「残酷ですが動物的行動でいうと、母親が姉妹に格差をつけて接するのはとても合理的なことなんです」と話すのは、動物行動学研究家の竹内久美子さんだ。

「母親の愛情はきょうだいに平等に注がれる、というのは人間が作り出した幻想にすぎません。

子孫を残すという生物学的な目的に照らせば、より優秀な個体が優先的に育てられるのはごく自然なこと。

体力があったり、賢かったり、異性を惹きつける魅力があったりする子の養育により力を注ぐのが母親の本能なんです」
女性セブン 2017年4月20日号 | P36

ここまでは、理解できた。

「動物行動学的に仕方ない」と言われれば、「自分がお母さんに嫌われていたわけではない、本能的なものだったのだ」と、少し気が楽になる人もいるかもしれない。

とくに、

  • 「母親の愛情は平等に注がれるというのは、人間の幻想」

という考え方には、激しく共感する。

差別する毒親は確実に存在するし、それを体験せず愛されて育った人が、「親の愛情は絶対」といくら主張しても、別次元に暮らす人の話としか思えない。

しかし、この次に続く文章を読んで、さらに胸が苦しくなった。

竹内さんはまた、「それによって能力的にいまいちな子も幸せになれる可能性が高まる」と指摘する。

「生物の目的は“一族の繁栄”ですから、平等に育てられて平均値の姉妹ができるより、片方が飛び抜けた能力を持つ方がいいんです。

浅田姉妹を例にとればわかりやすい。

もし2人ともが平凡な選手で終わっていれば、舞さんがテレビに出るほどに注目されることはなかったでしょう。

舞さんに葛藤はあったでしょうが、真央さんが非凡な選手だったからこそ、姉もレポーターや解説者として活躍できるし、出会う男性の範囲も広がり“一族繁栄”にもつながる。

つまり“姉妹格差”があったからこそ、姉妹で成功できたわけです。
女性セブン 2017年4月20日号 | P36

「能力的にいまいちな子」だなんて。差別された方のプライドはどうなるのだろう。

姉妹差別に遭って傷を負っている人にとっては、「優秀な姉(妹)を母親がひいきして、劣等な自分を差別したおかげで、自分も得している」なんて考え方、到底、受け入れられるはずがない。

(傷に塩を塗るとはこのことだ……、と私は思ってしまった)

「動物行動学」的にはそうなのかもしれないが、「人間」的には、もっと違うところにも問題があるように思う。

私がいつも考えるのは、

  • 「母親自身」が何らかのコンプレックス・愛情問題を抱えている場合に、姉妹差別は発生しやすい

という傾向があること。

  • 「能力的にいまいちだから」差別されるのではなくて、「母親のコンプレックスを刺激してしまうから」差別される

と考えたほうが、しっくりくる。

「母親も姉(妹)も正常で優秀で、劣等な自分が差別を受けて、差別されたおかげでおこぼれにあずかる」という世界線が、どうしてもしっくりこなくて。

姉妹差別の被害に遭うパターン

姉妹差別に遭った人たちの雑誌記事やブログなどを読んでいると、いくつかの共通パターンに分けられることに気付いた。

姉妹差別の被害者は、

  1. 自分が姑に似ている
  2. 自分が母親に似ている
  3. 自分が母親よりも女性として魅力的

この3つのパターンのどれかに当てはまる確率が高い。

また、ほかの姉妹がえこひいきされるのは、ほかの姉妹が気に入られているのではなく、単に、自分がいじめられているだけのケースもある。

(コンプレックスを刺激する子をいじめる手法として、ほかの子をあえてかわいがって嫌がらせしている、という意味)

また、幼少期に、

  • 「A子ちゃんはお母さん似で、B子ちゃんはお父さん似だね」
  • 「A子ちゃんはお母さんに懐いていて、B子ちゃんはお父さんに懐いているね」

という区分け方をされた姉妹の場合も、母親のコンプレックスを刺激しやすくなる。

母親にもらえなかった愛情を、自分で穴埋めするしかない

悲しいことは、いい大人になっても、母親に問題があったと明確に認識しても、母親と会うことがなくなっても、それでも、

  • 「お母さんに愛されたい」
  • 「わたしを見て欲しい」

という「子どもの気持ち」が、消えないことだ。

今までされた数々の仕打ちに対して、「激しい怒り」を持っているのに、同時に、愛されたくてたまらない。これは、切ない。

母親をかばいたい自分が、心の底で頭をもたげて、怒っている自分と愛されたい自分の分裂に、苦しんでいる。

繰り返し繰り返し、自分で自分に愛情を注ぐことで、少しずつ埋めていくしかない。

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