最近、〈髪型〉や〈着る服〉に、心の状態が過分に影響を受けていることに気付いてきた。それは、「気分的に」という意味ではなく、「物理的に(原始的に)」。
つまり、「好きなものを着るとテンションが上がる」という系統の話ではなく、肌に触れるものの感触によって、気分が変わるというようなこと。
「イライラする自分ってダメだな」と思ってきたけれど、なんのことはない、「イライラしない環境」を整えてやればよかったのだ。
長い髪の毛はスッキリとアップしたほうが心が平和
まず、私は髪が長いため、「髪の毛の状態」で、心がずいぶん、変わる。髪の毛をおろしていると、なかなかやる気が出ずに、ダラダラしやすい。ちょっとしたことで、イライラしやすくなる。
「暑いとイライラする」ということは、誰しも経験があると思う。髪の毛をおろしていると、その〈体感 暑さセンサー〉みたいなものの感度が上がるように感じる。暑くないのに、脳が暑いと勘違いしてしまうような。
ちょっとでも「イラッ」としたり「ドキッ」としたりすると、その感覚が倍増されて脳に伝わるような感覚があるのだ。
仕事をがんばらないといけない日は…
漫画やドラマなどのキャラ設定では、同じロングヘアでも、活発な性格ならポニーテールにするとか、陰気な感じならどよんと前髪も重いダウンヘアにするとか、ビジュアルを描き分けるだろう。
これは、単なる記号的表現にとどまらず、
- そういう髪型をしていると、そういう性格になる
という一面もあるような気がする。
私は、「今日は仕事を集中して片づけないといけないぞ」という日は、朝起きてすぐに、髪の毛アップにする。それも、頭皮が引っ張り上げられるような感じで、きちきちにする。
どういう関係があるのか知らないけれど、頭皮を引っ張り上げると、やる気が出る。
服は、包み込まれる感じが快適で、自分と相性が良い素材のものがいい
次に、服について。
単なる流行だけではなく、素材やカッティングを慎重に吟味して、「自分に合う」服をしっかり選んでいる人って、心の芯がまっすぐでブレず、それでいてやさしく、おだやかな印象がある。
その印象を作り上げるひとつのパーツは、〈服による居心地の良い環境づくり〉ができているということではないだろうか。
私は20代まで、服の「着心地」なんて、ほとんど意識していなかった。その服を着たときに、「どう見えるか」に、完全に焦点が行っていた。
試着するとき、
「その服を着て、自分はどんな感じがするか?」
を、真剣にとらえようとしたことは、なかった。
ひたすら、鏡の前で横向いたり後ろ向いたり、
「他人から見て、その服を着た私が、どう見えるか?」
をチェックしていた。
しかし、30代になってから、
- 着ると、すごく機嫌がよくなる服
に出会った。
今までも、〈好きな色で似合う服で、その服を着るとテンションが上がる〉という服はあった。
でも、そのときに出会った服は、見た目がどうとか、人からどう見えるかとか関係なく、
- 「その服を着た感触そのもの」
に安心感があって、その服を着ていると、心がとても穏やかになるのだ。
たとえば、洗い立てのフワフワのお日さまの匂いのするタオルケットに包まれたら、
「あ〜、気持ちいい。あ〜、幸せ」
となるだろう。感覚としては、それに近い。
そのときに、なるほど、こういう服選びをしていけば、外にいるときも、自分を機嫌良く保てるのだ、と気付いたのだ(もしかしたら、そんなこと当然、という人も多いかもしれないけれど)。
柔らかい綿100%の服が相性◎。麻はアレルギーがあるかも
「自分にとって気持ちいい服」は、試着して探すのが一番だけれど、2〜3点見つかりだすと、共通項があぶりだせる。
- おなかが締め付けられるのはだめ
- 素材は綿がいい
- できるだけ柔らかい布がいい
- 首周りは空いているのがいい
- 包み込まれるような感触があるのがいい
- こもって暑くなるのはだめ
- 風通しが良いものがいい etc.
これは人によって、まったく違うだろう。
私の場合、重要な気付きは、「とにかく綿100%がいい」ということ。化学繊維への苦手意識は持っていたものの、「麻」や「ウール」は、天然素材なので良いと思っていた。
しかし、着るたびにチクチクする。それでも無意識下で我慢して着ていただけれど、あるとき、麻100%の服を着て汗をかいたあと、全身にじんましんが出てしまった。調べてみると、「麻アレルギー」というものがあるらしく、自分もこれかもしれない。
よく、麻は着心地を絶賛している人がいるので、私もゆくゆくは、部屋着を全部麻に替えて、手持ちの服も、麻の割合を増やしたいと思っていた。着心地の良さを感じられないのは、麻初心者だからだと思っていたし、麻は10年、20年と大切に着ていくと、独特の柔らかい風合いが出ると聞いていたので、まだそこに至っていないからだと思っていた。
しかし、じんましんが出たということは、私には麻が合わないのであって、「麻初心者だから良さが理解できない」のではなく、「私の体は正しいSOSサインを発信していた」ということになる。
そしてまた、こういった「体の(どこにも書いていない自分だけの)感覚」に気付けるようになることが、「自分にとって気持ちいい服」を選択できるようになるために、必要なことなのだろう。
追記:エンクローズド・コグニション(着衣認知)という考え方
ここからは追記。心理学では「エンクローズド・コグニション(着衣認知)」という概念があるそう。
2012年にハジョ・アダムとアダム・ガリンスキーが提唱した理論で、「着ている服が、着ている人自身の思考・感情・行動に影響を与える」というものだ。たとえば、白衣を着た被験者は、私服の被験者よりも注意力が高まるという実験結果が報告されている。
ポイントは「服の見た目が自分に与える暗示」だけではないこと。服が持つ「社会的な意味(象徴性)」と、実際に肌に触れたり体を締め付けたりする「身体感覚(着用体験)」の両方が合わさって、人の認知や行動に影響が出る。
衣類の象徴的な意味(スーツを着たらビジネスパーソン、スポーツウェアを来たらアクティブなど)だけではなく、「身体に着ている感覚」も心理的に影響を及ぼしているという考え方は、とても納得感がある。
「自分にとって居心地のよい環境を整える」ことの大切さは多くの人が意識している。たとえば、部屋を整理整頓したり、お気に入りの家具を置いたり。あるいは、自分にとって合う職場環境を求めたり。
でも、「自分にとって居心地のよい環境を整えるために、自分の衣類を整える」という取り組みを、能動的・意識的に行っている人は少ないのではないか。私はこの点を、これからの人生でしっかり大切にしていきたいと思った。

