少し前の話だが、朝目覚めると、びっくりするほどイライラして、物に当たりたいほどだった。
こんなことは久々すぎて、自分でも戸惑った。原因は、部屋着だった。
イライラに関する自己研究に励んできたけれど
私は、ホルモンバランスの関係などで、「イライラ感」に悩まされた時期が長い。
自分の意志で抑えようと猛烈に努力してきたが、どうにもならなかった経験から、このブログでもイライラに関する記事は多い。
「自分の性格の問題」と努力するのをやめて、栄養や気圧や環境などの観点から工夫を始めたら、全然イライラしない人に変身した。
混み合った電車で、舌打ちしたり肘打ちしたり、妙にイライラしている人を見掛けると、「あらあら」と思いつつ、昔は自分もそうしかねないほど、何でもないことにムカついていたなあ、と感慨深く思ったり。
朝起きるなりイライラが止まらない
そんなイライラ自己研究の成果で、暴力的なイライラに翻弄されることはなくなっていた。
それなのに。
ある朝、起きるなり、イライラが止まらない。何か理由があったわけではないが、その日、目に付くささいなことが、私のイライラをガンガンに刺激してくる。
今にも、物に当たってしまいそうな勢いだ。危険。
- 「なに、なに、なに……???」
と戸惑う。サプリはいつも通り飲んでいるし。
こういうとき、「水分不足」をまず疑う。体が乾いていると、理由もないのにイライラする。
水を一気にガブのみ。水が吸収されると落ち着くことが多いのだが——、
- 「あれ、効かない!」
さらに戸惑う。なんだ、なんだ。つらい。
部屋着を着替える
いつもと違うこと、何かしたっけ?と振り返る。
あっ。部屋着。
私は普段、とにかく体を締め付けないことを重視している。パジャマや部屋着も、ワンピースばっかり。
ワンピースだけでは下半身が冷える冬は、冷えとり実践時代に841で購入した、ゆるゆるのレギンスを着用(化繊0で綿と絹だけでできている)。
このレギンスは、まったくどこも締め付けないし、縫い目とタグが外側に出してあるという徹底ぶり(ちなみにこれ↓)。
履くと気持ち良くて、むしろ機嫌が良くなるほどなので、大愛用していた。
ただ、この日は違っていた。たまたま洗濯が間に合わなくなってしまい、手元にあった適当なレギンス(ホットヨガ用に購入したが、いまひとつ気に入らず置いてあったもの)を、急きょ履いて寝たのだった。
- 「えっ、なに、これが原因?!」
とびっくりして、すぐに脱いだ。途端にイライラが、シューッと減っていった。狐につままれたような気分。
おなかを締め付けると非常にイライラする
他の人にも当てはまるのかどうかわからないが、私はおなかを締め付けると、非常にイライラする。性格が変わる。
自分の中で「おなかがキツくてイライラする」とは直結していなくて、「ささいなことにもイライラして不機嫌になっている」ときに気付くと、おなかを締め付ける格好をしている——という具合。
- 「自分の未熟な性格のせいかと思ったら着ている衣類のせいだった」
とわかったときの拍子抜け感と安堵感。
道理で、旅先ではリラックスできるわけだ。浴衣やバスローブは、着ているだけで心地良い衣類だったのだ。
人の機嫌なんて、実はシンプルなのかもしれない。
この仕組みを知ってから、極力、締め付けのある格好はしないが、今回はうっかりこれにハマってしまったようだ。
締め付けがそれほどキツくないレギンスだったので、「これくらいなら大丈夫か」と思ったのが、甘かった。
肌に直接触れる素材の触感も大事
もうひとつ、締め付けだけではなくて、肌に触れる「素材」も大事だなと思う。
私たちの「機嫌」は、肌に物理的に触れるもので、容易に左右される。
例えば、あったかいお風呂にザブーンと入った瞬間の安堵感とか。お気に入りのタオルケットにくるまれたときの至福感とか。
まして、毎瞬毎瞬、肌に触れ続ける「衣類」なら、その影響力も大きくなる。
私が安易に履いて寝たレギンスは、化繊100%のもの。運動中に着る分には気にならなかったものの、就寝中には合わなかった模様。
そこに、冷えとりでいうような「絹のエネルギー」とか「綿のエネルギー」とか、目に見えない要素も含まれるのかどうかはわからないけれど、自分にとって「快」と感じられるものを触れさせるに越したことはない。
改めて、イライラと衣類の関係について、実感した出来事だった。
徐々に、部屋着だけでなく、外出時に着る服も、そういう観点で選べるようになっていったら、もっと心は安定するかも。